研究所紹介 コンサルティング 講演/研修 研究員 お問い合わせ
木島英登バリアフリー研究所トップページ


Travel for All トップページ

世界の事例紹介 日本の事例紹介 日本のバリアフリーの特徴 豆知識 考察 リンク


* 代表 プロフィール *

PDFファイル

name  木島英登 きじまひでとう
born  1973
profession  1) ビジネスコンサルティング プロジェクト参加
 2) 講演/社員研修
 3) 執筆 
face  空飛ぶ車イス。世界158ヶ国を訪問。そのほとんどが一人旅。
 世界のバリアフリー事情を知る第一人者として、執筆、講演などで活躍。
disabled  脊髄損傷の車いす (両下肢機能完全麻痺)
 ラグビー部の練習中に第
11胸椎脱臼骨折 (大阪府立池田高校3年時)
education  大阪府立 池田高校 1992年卒業
 神戸大学 発達科学部 人間環境科学科 社会環境論 
1997年卒業
 カリフォルニア大学 バークレー 障害を持つ学生の教育計画 研修生 
20029月~20038
dentsu  7年間 マーケティング業務に関わる。
 (広告戦略立案/市場分析/トレンド分析/新商品開発/ネーミング等)
 
1997年 (株)電通 入社 関西支社 マーケティング局 配属 
 
2002年 日本マーケティング協会 マーケティング・マスター認定
 
2002年 (株)電通 1年間休職 カリフォルニア大学 バークレーへ
 
2004年 (株)電通 退社 フリーランスに
book  「空飛ぶ車イス」 IMS出版 2001
 「恋する車イス」 徳間書店 
2005
 「車いすの旅人が行く!」 講談社 
2008
 「秘境の車イス」 電子書籍 
2014
 
 翻訳本 「心の無障礙」 台湾 
2009年 

書籍:空飛ぶ車イス 書籍:恋する車イス

academic work  理想の「車いす対応トイレ」とは? 世界との比較  2008
 ホテルのUDルーム(車いす対応部屋) 世界との比較  2010
 バリアフリー対応でも情報発信しないホテルの実態  2011
 誰もが旅に出よう! バリアフリー・ユニバーサルデザイン旅行調査  2012
 スタジアムのユニバーサルデザイン  2015
  
 About Accesible Tourism  2009, UN ESCAP Takayama conference 
 LCC (Low Cost Career) & Wheelchair  2011, DPI Asia Pacific
 Japan Accessible Tourism Center  2011, International Conference of Accessible Tourism
 Access to the historical and natural heritage in Japan  2012, TRANSED India
  Accessible tourism travel agency research in Japan    2014, Toursim for All Montreal Canada
ability  世界視点でのバリアフリー (モノでなくココロも含める) 
 広告代理店電通での7年間のマーケティング実務経験 
 福祉の視点ではなく、費用に対する効果の視点があること
hobby  スポーツ観戦、料理、スキー
speciality  旅行、水泳、トレイルオリエンテーリング 
language  日本語、英語、イタリア語
university days  模擬国連、留学生のボランティア、不登校カウンセラー
textbook

 高校一年生 英語教科書
 桐原書店 
WORLD TREK にて、
 「空飛ぶ車イス」のエピソードが、
 紹介されていました。

 

mind  失敗を乗り越える「勇気」。社会の一員であるという「誇り」と「自信」。
 課題を解決できる「分析力」と「実行力」。そして未来を実現できる「夢」を持つこと。


突如出現したバリア

私は、高校3年生のときに車いすになりました。
歩けなくなったということを除いては、自分自身、特に中身は何一つ変わっていません。
しかし、周囲の態度は一変しました。歩けなくなったことより、そのことが一番ショックでした。

明らかに舐められた態度を取られたり、哀れみの言葉をかけられたりするようになりました。
車いすになる前には、そんなこと一度もなかったのに、驚きです。
何か行動しようと思うと、「設備がないからダメだ」「規則ですから出来ません」といつも言われました。
本人がしたけりゃいいじゃないか。行動する機会すら与えてくれないことに失望しました。

大学1年生の夏休み。米国で過ごした1ヶ月は衝撃的でした。
自分が車いすに乗って生活していることを忘れていたのです。本当です。
店舗、飲食店、交通機関のほとんど全てがバリアフリーで何をするにも不自由がないのに加え、
それ以上に、人々の視線がないことが理由でした。
 
米国では、私をまず「個人」として見てくれました。
日本では私の人間性よりも先ず「障害者」というのが大事になっているのだと気づきました。

障害というのは社会によって認識されるもの。 
社会が変われば、障害が障害でなくなるかもしれない。世界を旅して痛感しています。