専用の独立型トイレの構造 左図 : 障害者専用トイレを作る。 日本、欧州、アジアなど。 一番奥を車いす対応として広くする。 北米、中南米、豪州、南アフリカなど。
当研究所が考える、理想とする対応トイレ フルスペックの多目的トイレと、簡易型ゆったりトイレ、を上手に併用する。出来る限り、一つは広い簡易対応トイレを設置する(米国型)。不可能(利用できない)をなくす。簡易対応トイレでは不便な人もいるため、公共施設、利用者の多い場所では、従来型のフルスペックの多目的トイレを作る。
世界各国 車いす対応トイレ 比較表 ※ 「トイレ数」は、通常の公衆トイレの数のことです。 理想の「車いす対応トイレ」とは? 世界との比較 第11回 福祉のまちづくり学会 発表論文 (2008年 8月) PDFバージョン
一方、世界の基準はシンプルな構造。歴史・文化・環境によって違いがあるのは当然だが、世界22ヶ国の対応トイレの実情と構造の特徴を整理し、日本と比較する。適切な質と量のバランス。目指すべき方向を示唆する。 法律や条令が整備され、車いすでも使えるトイレ、身体が不自由でも使いやすいトイレが増えてきたことは素晴らしい。近年、多目的トイレという呼称で、より多くの人が利用できるようにもなってきた。利用者が増えた一方で、その多目的トイレを利用したいときに利用できない問題が発生している。障害者専用にして欲しいとの主張もある。しかし、専用施設にすることは設置数の減少となり本末転倒となる。単純に数を増やせばいいのだが、高コスト、広いスペース、面倒な維持管理のため難しい。 施設整備をする際に、障害のある当事者の意見が聞かれるようになったが、各人によって利用しやすさは違う。主張は様々で、自らが理想とすることを言う。バリアフリー、ユニバーサルデザインを考える上で、当事者の要望は3つの段階に分けて整理する必要がある。「絶対に必要なこと」「出来れば必要なこと」「あれば嬉しいこと」の3つである。使いやすいトイレの前に、最低限使えるトイレがあることが重要である。よって最も大切な便器へのアプローチを主眼に、タイトルを「車いす対応トイレ」とした。 新たなガイドライン(注1)には多目的トイレに加え、一般トイレの中にも簡易型多機能便房の設置が推奨されているが、実際には見ることがないのは残念である。多目的トイレの高い基準は、それを満たすのが難しい場所での、取り組みを疎外している側面がある。100点満点でなくても、70点でもいいから、車いすで使えるトイレがあってもいいと思うが、ほとんど存在しない。法律や条例の対象外での取り組みは稀である。 全ての人の要望を満たす完璧なものは存在しない、求めてもキリがない。しかしながら、全ての人の要望を万遍なく満たして進化してきたのが、現在の日本の多目的トイレである。世界22ヶ国の状況と比較して、理想の車いす対応トイレとは何か?を考えてみる。 1990年、高校3年生のときに脊髄を損傷し、車いす生活になった。小さいときの夢は世界旅行。1993年、大学1年の夏休み、米国へのホームステイをきっかけに世界旅が始まった。2008年5月まで82カ国、足掛け15年、延べ滞在日数3年以上の海外経験である。 1)日本 (最新訪問年・延べ滞在日数) 世界で最も公衆トイレが多い国。どこにでもトイレがあり、多目的トイレが1つ以上設置されている。全体のトイレ数から考えると車いす対応トイレの割合多いといえないが、母数の公共トイレ数が多いため、いわゆる障害者用トイレは世界で一番、数が多いといえる。 非常に豪華な設備(細やかな配慮)が特徴である。日本独自のものとして、「非常用呼出ボタン」「特殊洗浄ボタン」「オストメイト」「自動照明」「自動扉」「介助用ベッド」などがある。幾つものボタンがあり複雑である。車いすが便器にアプローチする角度が限られることも多い(注2)。直角に90度、斜め前方135度のアプローチが主流で、真横0度や45度は多くない。北海道では両側からアプローチできるものが多い。関東では自動扉が多い。関西では男女トイレの中にそれぞれ多目的トイレが作られることがある。などの地域差もある。 2)米国 (2003年・400日) いわゆる障害者専用トイレは存在しない。しかし不自由することは全くない。車いすでも入れる広いトイレがほぼ100%ある。一つしかトイレがない場合、それが広くなっている。ただし豪華な設備はなく、手すりがない場合もある。写真はカリフォルニア大学バークレーの寮。車いすだけでなく男女も共用のトイレ(完全UD?)である。 3)カナダ (2007年・4日) 米国と同様のUD型トイレ。どのトイレもアクセシブルで、奥に対応トイレがある。空港新ターミナルでは、子ども、重度障害者のために、ファミリートイレが男女トイレの間に設置されていた。もちろん通常トイレの中には対応トイレがある。
4)コロンビア (2007年・8日) 中南米のバリアフリーは米国と同じ。障害者専用トイレではなく、一般のトイレの中に車いすで入れる広い外開きのトイレがある。設備は簡素。公共施設のみ対応トイレが存在する。
5)チリ (2007年・5日) 車いすだけでなく、高齢者、妊婦、ベビーカーなどもバリアフリーの対象のUD思想。南米では街中で障害のある人を見ることが多い。
6)中国 (2008年・31日) 状況は年々よくなっている。3つ星以上のホテル、観光地など対応トイレができているが、いい加減な設備、施錠など実際に利用されるところまでは至っていない。日本を真似ていることが多い。完全なる障害者(車いす)専用トイレ。
7)台湾 (2000年・3日) 米国型のUDトイレ。一般トイレの中に対応トイレがある。ベビーベッドもあった。専用トイレもあり、様々な考え方、配慮が混在している。
8)フィリピン (2005年・18日) 写真は地方の映画館。奥が車いす対応になっていた。米国の影響で一般トイレの中にあることが多いが、日本が援助してできた建物は日本型対応トイレ。混在している。
9)タイ (2006年・18日) 障害者専用トイレ。非常に大きなスペースが特徴。主要施設での設置が増えているが、施錠されていることも多い。物置場になることも。地方や家庭で、和式トイレが減少しており、洋式トイレが一般的になっている。
10)シンガポール (2008年・4日) 空港、駅、ショッピングセンターなど、いずれも専用トイレが整備。大きくないが使いやすい。
11)インド (2008年・38日) 和式トイレが一般的。公衆トイレは少ない。長距離電車には必ず障害者車両が完備され、中には広い対応トイレがある。手すりなどなく簡素。空港などにも対応トイレがあるが、街中では皆無。インドの車いすは自転車式なので、実際には高齢者や杖など歩行不自由な人が対象となる。
12)UAE(ドバイ) (2008年・2日) 米国を真似たバリアフリー。一般トイレの中に対応トイレが存在。イスラム圏では、紙を使わないので、お尻を洗うシャワーがついている。色んな人種が住む街なので、デザインもシンプル明瞭。
13)ドイツ (2004年・10日) 男女の区別なく、障害者専用とされるのが一般的だが、ベビーカー、ファミリー用など、誰もが使えるUDトイレも増えている。駅の公衆トイレなど有料の場合、対応トイレは施錠されており、管理人に鍵を開けてもらう。左はホテルの対応室のトイレ。シンプルな簡素な設備。右は電車のUDトイレ。日本であれば便器が正面に据えられるだろうが、車いす利用者の横からのアプローチを重視して、横に便器が設置されている。
14)スペイン (2007年・14日) シンプルな構造。専用トイレが基本。
15)オランダ (2007年・10日) 手すりが両側にあり、跳ね上がるのが欧州の基本形。日本のようなL字型はない。専用だが、ベビーカー共用も増えている。
16)ギリシャ (2007年・4日) アテネ五輪で整備。シンプルな構造。専用トイレ。左写真はU字型便蓋で前にスペースを確保。
17)フィンランド (2006年・14日) 両方からアプローチできるのが最大の特徴。そのため手すりは簡素になり、車いす横づけが難しいなど不都合もある。電車のUDトイレには、オストメイト対応であろうシャワー栓あり(流し台は無し)。子どもと入れるファミリートイレとして、車いす対応トイレが整備されることもある。
18)ラトビア (2006年・2日) 旧共産圏でもバリアフリー化の流れ。公共施設で専用トイレの設置が進むが、施錠や物置、使いにくいデザインと、実用はこれから。
19)ポーランド (2007年・7日) やはり横付け移動が基本。設置が進む。UD視点の誰もが使える広い公衆トイレもあり。
20)エジプト (1999年・7日) 和式が基本。洋式は希少。空港に対応専用トイレがあった。工夫した手すり。大きな便座。昔の日本の対応トイレを連想させる。 21)モロッコ (2005年・8日) 洋式トイレは希少。空港にのみ対応トイレがあったが、狭くて、内開き。物置きになっていた。
22)南アフリカ (2006年・14日) 公共施設トイレには、奥に必ず広い対応トイレがある。ホテルには必ず対応部屋がある。シンプルで簡素な作りも、どこにでも対応トイレがあるのは安心。専用トイレは見ていない。 考察 通常の一般トイレと隔てて、車いす対応トイレを作ることは絶対ではない。世界の半数の地域で一般トイレの中に対応トイレを作っている。設備はシンプルで、車いすが入る広さの確保が最優先。特殊な設備ではない。手すりの位置は個々の事例によって違うが、車いすを横づけできることを基本と考えている。 対応トイレの設置が進んでいない国ほど、とってつけたような特別な施設が多く、設置割合と数が多い国ほど、自然で、普通に、同じ目線で利用できる。整備を進める上で、障害者専用トイレから、多目的化、UD化されているのは世界共通の流れである。 おわりに 人によって、使いやすいデザインは違う。それぞれのニーズに合わせて特殊化することは、一般標準から離れてしまい社会適応が難しくなる。特殊化せずに、なるべくシンプルで簡単な方がいい。 普及化、一般化において重要なことである。 質を優先すること、量を優先すること、双方とも大切なことであるが、現状の多目的トイレの利用者には、便器に移乗せずに尿をとる人もいれば、洗面に使う人もいる。すべての場面で必ず多目的トイレが必要というわけではない。 また、「使いにくい」と「使えない」は全く違う。トイレが使えること。車いすでトイレにアクセスでき、便座にアプローチできることが基本。通常の一般トイレでも、一つが広い扉ならば、車いすで便座にアプローチができる。扉を閉めることが出来ず快適ではないが、用を足すことはできる。「使いやすさ」は難しくても、少しの配慮で「使えない」は減らすことができる。 車いすでも使えるトイレを増やす方法は、何も現状の多目的トイレでなくても可能である。ただし重度の人、異性介護が必要な場合は、カナダの空港の事例、基本は一般トイレに必ずUDトイレを整備し、重度障害及び子ども介助用としてファミリートイレを用意するのが参考になろう。 「豪華な専用トイレはあるが、それ以外のトイレは全く使えない」はおかしい。 参考文献 1) 国土交通省総合政策局交通消費者行政課、交通エコロジー・モビリティ財団: すべての人にやさしいトイレをめざして 2002 |